ソラマメ
<マメ科ソラマメ属>
●主な栽培地 平上神谷
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ソラマメは、世界最古の農産物のひとつともいわれるほどその歴史は古く、祖先種も原産地 もまだ明らかになっていません。ピラミッドやトロイの遺跡などの、名だたる古代遺跡からソ ラマメが見つかっており、新石器時代から栽培化されたのではないかと考えられています。イ ンゲン豆が普及する以前、古代エジプトやギリシア、ローマでソラマメが主食として扱われて いたことが、本格的に栽培化された背景にあるようです。
日本へは、奈良時代にインドの僧 菩ぼだいせんな提仙那が中国経由で来日した際、関西地方を中心に貧民 救済や治水、架橋などの社会事業に活動した名僧 行ぎょうき基にソラマメを贈ったのが最初だとされ ていますが、中国で大粒種の栽培が始まった年代と矛盾することから、文献に最初に登場する 江戸時代に伝わったのではないかとする説もあり、まだまだ謎多き作物といえます。
ソラマメは、花が枯れたあと、それを押し上げるように莢が空に向かって上向きに成ること から「空豆」と呼ばれるようになったといわれます。また、ソラマメが初めて文献に登場した とされる江戸時代の書物、「多たしきへん識篇」(1631)では、蚕そらまめ豆と表記されており、これは、蚕を飼 う初夏に食べられることや、豆の形が蚕の繭に似ていることによるものとされています。さら に、地方によってはソラマメを「唐豆」と呼ばれていることから、「唐豆」→「からまめ」→「空 豆」となったと唱える人もあります。
ソラマメは、日本国内ではさほど生産量の多い作物ではありません。ソラマメが温暖な気候 を好むせいか、主要産地も西日本に偏っています。
いわき市内でも、畑の一角に自家消費用のわずかな栽培を見い出せる程度で、本格的生産に 取り組んだ歴史は見当たりません。
栽培者は、小さなソラマメの苗が冬の寒さを乗り越え無事に春を迎え、初夏に大粒の豆を実 らせる様子を、いつも楽しみに観察し続けながら、現在まで種を守り続けてきました。
生産の歴史的由来
平
ソ ラ マ メ
57 栽培者は今から30年以上前、近所の方から種 を譲り受けて栽培を始めました。種を譲り合うこ とは珍しくはありませんが、この当時はソラマメ を栽培している人が周囲におらず、育て方も食べ 方も良く分からなかったといいます。
品種も明らかではありませんが、2~3粒の豆 が入る、短太のソラマメです。日本では、明治時 代にそら豆の本格的な栽培が始まり、ヨーロッパ やアメリカの品種が導入され、試作を重ねるうち に、現在の品種の基礎がつくられたといわれてい ます。古い品種には小ぶりのものもあったとされ ているので、それ以降の「一寸豆」あるいは「お たふく豆」と呼ばれている品種の仲間ではないで しょうか。
かつては収穫した豆を親戚や友人などに配る と、どうやって食べれば良いのかと問い合わせの 電話が多く、ソラマメがまだ初夏の作物として定 着していなかったことがうかがえます。
平上神谷
茹でたては何よりのご馳走
播種前に野菜くず、茶殻などを元肥として畑に 施します。10月下旬にポット蒔きし、育苗しま す。播種の際は、おはぐろと呼ばれる黒いおへそ の部分を下にして植えます。草丈が10cm 程に 成長したら畑に定植します。
栽培者は、病害虫対策として、虫が出てくる前に木酢液を使用し、自宅で作った唐辛子やハー ブを苗の周りに撒きます。
5月中旬から白い花をつけ、花が枯れたところをまるで押し上げるかのように、上向きに莢 が熟していきます。2週間ほど経つと莢が膨らみ、それまで上を向いていた莢が、重そうに下 向きになります。このタイミングが収穫適期です。
栽培者は、採れてすぐのソラマメを、莢から取り出し、たっぷりのお湯で茹でて食べます。 茹でる際に、おはぐろの部分に切れ目を入れる人もいるようですが、収穫してすぐのソラマメ はみずみずしく軟らかいため、茹でるだけで十分です。ソラマメは鮮度の落ちるのが早い作物 ですが、自宅の畑で採れたものを栄養価が最も高い状態で美味しく食べられることも、栽培を 続ける原動力のひとつです。
収穫した際に、大ぶりの良い豆を選んで、ネットに入れ、風通しの良い場所に吊るし、十分 に乾燥させて翌年の種にします。
栽培方法